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ドラフト空前絶後の大豊作

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ドラフト空前絶後の大豊作

  

1968年のドラフトでは山本浩司(広島東洋1位)、田淵幸一(阪神1位)、有藤通世(東京1位)、野村収(大洋1位)、星野仙一(中日1位)、山田久志(阪急1位)、東尾修(西鉄1位)、大橋穣(東映1位)、加藤秀司(阪急2位)、大島康徳(中日3位)、金田留広(東映4位)、福本豊(阪急7位)、島谷金二(中日9位)、門田博光(阪急12位・入団せず)など、1970年代から1980年代のプロ野球を代表する選手が数多く指名された。阪急が指名した15名のうち、3名が2000本安打を達成(加藤、福本、門田)し、1名が200勝を達成(山田)している。巨人はこの時、田淵が他球団に指名されてしまった場合には星野を1位で指名すると公言していたが、実際には星野ではなく島野修を指名し、それを聞いた星野が「ホシとシマの間違いじゃないのか」と発言したことも有名である。100メートルの日本記録を更新し、東京オリンピックとメキシコシティオリンピックに出場した陸上選手飯島秀雄が東京の9位で指名されたことでも話題を呼んだ。

1989年のドラフトで指名された選手も豊作となった年である。野茂英雄に8球団の指名が集中し、近鉄に指名されたが、野茂の外れ1位だけでも佐々木主浩(大洋1位)、小宮山悟(ロッテ1位)、西村龍次(ヤクルト1位)、葛西稔(阪神1位)、といった名前が並び、与田剛(中日1位)、潮崎哲也(西武1位)、佐々岡真司(広島1位)、岩本勉(日本ハム2位)、古田敦也(ヤクルト2位)、石井浩郎(近鉄3位)、前田智徳(広島4位)、新庄剛志(阪神5位)、種田仁(中日6位)と、メジャーリーグ経験者4名(野茂・佐々木・新庄・小宮山)を輩出するなど1990年代から2000年代にかけて活躍した選手が多数指名されている。

1980年生まれで1998年のドラフトにかかった高卒選手・2002年のドラフトにかかった大卒選手が挙げられる。これについては「松坂世代」を参照。

Wikipediaより出典 - Article - History - License: GFDL

  

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